魯迅が木刻運動を始めるにあたって中国に紹介した、永瀬義郎著「版画を作る人へ」を読む。大正11年に出版され13版を重ねた、美術書としてはベストセラーで、魯迅だけでなく、棟方志功や谷中安規など、その後の版画家たちへ影響を与えた版画の技法書。
とてもいい本で、面白く読みました。若いときに読んでおけばよかったのですが、その頃は戦後現代美術に眼を焼かれてしまっていたので、永瀬義郎の作品などは古臭いものに思えて、見向きもしてなかったのです。
「創作版画」は版画の「絵画の複製」からの独立運動だったのですが、一回性(アウラ)に憧れるあまり、その重要な要素「複数性」をないがしろにしてしまった。永瀬義郎は「版画を作る人へ」の中の「工房日誌抄」で「…それから価値ある版画は一枚だけしか出来ないと云う事を肯定していたのも考えが一寸足りなかった。版画の使命は実に彼の作品の公布性にあるということを知らなかったのだ。暴言は慎む可し慎む可し。」と反省しています。
魯迅は「創作版画運動」などにヒントを得て、帰国後「木刻運動」を始めるのですが、「創作版画」の作品自体には興味を失っていたようです。「創作版画」は美術としての版画の確立とともに、精神の自由や民衆が芸術とふれあう機会を求めていたのに対し、「木刻運動」は中国民衆の心の革命を公布的に訴えるものであったので、魯迅には弱々しいものに思えたのかもしれません。