平民美術 望月 桂
吾々人類は何辺に迄で向上せんとするか。最善最美なる幸福に迄でと答えん。然り、今日の文明を以て満足は出来ぬ。曰く矛盾多き社会、徹底せざる自己。此暗黒なる怪雲を一掃せざる間は到底、光風霽月の理想郷は求め得られぬのである。然らば先ず第一にその魔物に湧く根源を突き壊さねばならぬ。即ち根源とは、人間が真の権威を失して、外部的勢力に圧迫され、主従転倒せる処に在るので、今日の文明の最初の第一歩に遠く根ざせるものである。是れ人生の真の幸福を忘れ
■中心点をはずしたる枝葉の幸福に憧れたるの結果と云わなければならぬ。
斯くて遂に専門及び、分業起こりて人間は段々不具な者になってしまった。益々霊に肉に各人の力の間隔が甚だしくなるのみで、吾人の望む、衆と共に等しき理解のもとに楽しみ倶に強く健全に生き、而して大いに発達を遂げ様とするの日は遠ざかり行く。見よ文芸に筆をとる者は只その事より他の事は知らずに得意になって民衆の先頭に立ち、いい気になって居る。又労働者は只々手足を動かして居れば人間は生きて居られるものだ位に考えている。此不具者達は益々偏長を偉大なりと迷信して誤れる方向に走って競争が始まる実に危険‼目も当てられぬのだ。彼らの情けは
■真の人間生活には価値無きもの、有難迷惑なもの、骨折損のくたびれ儲けである。
又相互扶助は徒らに他人に依頼するという事に化して、お互いに寄生虫の感がある。折角調和と統一とによって完全に近からんとして、進化した人類は此処に再び分裂せんとするか。或いは聞く手段とか、方便とか、それも佳ならん、されど純なるものは純なるものによって成らざるべからず。不具者に依って純なる幸福を得
■健全なる社会が造られようとは信ぜらぬ、吾々真面目なる生活を望み
真の幸を欲するものは、他人を恨むまい、世を呪うまい、先ず自らが健全なる生活に這入り、他人に弘め、社会を造るに茬りと思う。されば衣食住の物質的に生きる道は手足を動かし、趣味及知識の霊妙に生きるには頭を働かすべしと断案を下すに躊躇せず。斯く言えば懐手して飯を食わんとする富者顎で指図して歌や絵を集めんとする貴族、他人の権威の為に筆を振るい、飯を得る為に節操を売る、卑弱なる芸術家、物質の奴隷となって鉄槌を振るい、車輪を廻して文字美術を解せぬ労働者、夫れぞれ分業及び専門を以て自ら任ずる者如何に為すべきかは、各人思いなかばに過ぎんと信ずる。爰に於いて文学、美術は文士、美術家にのみ委ねるべきものでなく健全なる生活には各人の必要なる芸術であるというも亦過言であるまい。所謂芸術家がその実生活より離れて変則に発育せる頭で想像を廻らし唯だ
■機械的に発達せる技巧を弄して如何に努力せばとて其は皮膚的のものに終わる
崇高壮大なる芸術はその実生活よりほとばしり出る、止むに止まれぬ力であると云わんも亦失言ではないかろう。茲に貴族的沈溺美術を瓦解せしめ尚お真人の平民的美術の必要を感ず。是れが宣言の所以で同時に普及を同志に謀るものである。最後にあらためて労働者諸君の為に一言を繰り返そう、『自覚とともに美術の研究は文学に劣らざらんことを』而して労働青年諸君の内から力強き点の芸術が生まれて新社会の生命とならんことを望む。(一九一七、二、)
『労働青年』 一九一七年 三月号